俳句時評 志と詩のありか   (「朝日新聞」全国版)

「朝日新聞」2019.12.29、朝日俳壇・歌壇欄、9面。
俳句時評。木割大雄氏の俳誌「カバトまんだら通信」、原満三寿氏句集『風の図譜』等を紹介しつつ、保田與重郎の言を引用しつつ締め括った。以下は全文。
 
 
 <音楽漂う岸侵しゆく蛇の飢>等を詠んだ前衛俳人の雄、赤尾兜子が急逝して約40年が経った。弟子の木割大雄は個人誌「カバトまんだら通信」で師の兜子について今も語り続け、最新号(10月)では次のような逸話を綴る。
 
 関西の新聞記者だった兜子司馬遼太郎と昵懇で、三島由紀夫が自刃した日に司馬宅に赴いて何気ない雑談をするうち、司馬は急に決心した表情で追悼記事を一気にまとめて兜子に渡したという。あるいは、兜子が憧れの日野草城と会った感動を終生忘れなかった話も紹介されている。いずれも本人から聞いた逸話で、木割は最も畏怖した俳人の佇まいを心ある知己に伝えようと地道に語るのだった。
 
 一方、詩人にして金子光晴研究者の原満三寿は、齋藤愼爾という知己を得て句集『風の図譜』(10月、深夜叢書社)を上梓した。齋藤は句作以外に諸分野の評論を旺盛に発表し、また深夜叢書社設立者として志ある書を世に問う人士である。原は「あとがき」に「人生一知己を得れば足れり」と魯迅の言を引きつつ齋藤に謝し、句集に次のような句を収めた。
 
  着く駅も知らぬ列車に『鮫』ひらく
 
 列車や人生の行き先など気にせず、ただ金子光晴の詩集を読み耽ったひととき。往時の自身への鎮魂歌のようだ。
 かつて批評家の保田與重郎は、詩人は勝利者を称える御用作家と両立しない存在と述べた(「みやらびあはれ」)。木割、原らは華やかな御用文学と別の場所で静かに、強く、黙々と句を詠んでいる。
 
  夏座敷弟子は不肖の影を曳き  木割大雄