俳句時評 昭和俳人の佇まい  (「朝日新聞」全国版)

「朝日新聞」2019.8.25、朝日俳壇・歌壇欄、9面。
俳句時評。しかい良通『わが師・不死男の俳句』、行方克巳句集『晩緑』、西嶋あさ子句集『瀝』を紹介した。以下は全文。
 
 
昭和俳人は作品とともに弟子や関係者の胸中に今なお生き続けている。例えば、秋元不死男の句を見てみよう。
 
  卒業や楊枝で渡すチーズの旗
 
 しかい良通(88)は『わが師・不死男の俳句』(7月、松の花俳句会)で次のように綴る。「息子(近史)の大学卒業を祝って、水入らずで酌み交したときに出来たと、句会で嬉しげにチーズを渡す仕草をして語って呉れたのは遠い日のこと」。不死男はめったに見せない楽しそうな表情だったという。

 彼は戦前の新興俳句弾圧事件で投獄された硬骨漢だった。その彼が戦後、子の卒業祝いとして茶目っ気と照れ隠しに旗に見立てたチーズを贈る一幕を嬉しげに語ったというのだ。この小さな逸話は、昭和を生き抜いた不死男の横顔を静かに浮き上がらせる。
 
 しかいのように師を追憶しつつ句作に励む年長俳人は多い。清崎敏郎に就いた行方克巳(75)は『晩緑』(8月、朔出版)を上梓し、「あとがき」で清崎や往年の俳人と知遇を得たことを謝する。『晩緑』には<どれも千円全部千円十二月>とペーソス漂う句も見え、行方はこういった句業を半世紀以上も継続しえたのは師や先人あってこそと感じるのだった。
 
 安住敦に師事した西嶋あさ子(80)は、句集『瀝』(7月、瀝の会)を刊行した。手術を経るたびに81歳で天寿を全うした師の佇まいや句が胸に迫るようになったという。死はさらに親しく、昭和の追憶が色濃くなる中、令和の日々は淡い華やぎを見せる。西嶋の句のように。
 
  老どちや生き生きと死を語り秋  西嶋あさ子