俳句時評 平成の終わりに (「朝日新聞」全国版)

「朝日新聞」2019.4.28、朝日俳壇・歌壇欄、11面。
俳句時評。以下は全文。
 
 
平成は昭和俳句の弔鐘を鳴らし続けた時代だった。阿波野青畝、加藤楸邨、山口誓子、三橋敏雄、飯田龍太、森澄雄、金子兜太、宇佐美魚目等……そして平成は彼らと異なる俳句像を樹立したというより、彼らが培った昭和俳句に憧れ、その遺産を守り続けた時代でもあった。
 
 昭和後期最大のスター、鷹羽狩行(88)の主宰誌「狩」は昨年末に終刊し、今年から後継誌「香雨」が出発した。片山由美子(66)が主宰となり、鷹羽は名誉主宰として第一線を退いたが、卓越した句業は健在だ。「香雨」四月号を見てみよう。
 
  門灯のともりて永き日の終り
 
 句またがり(「永き/日の」と一語を句の切れ目をまたがって詠む技法)が春の日永を想像させつつ、一句は的確かつ品良くまとめられている。鷹羽は昭和戦後に秋元不死男の下で徹底して技術を磨いた作家で、その際に句またがりも自家薬籠中の物とした。昭和に培った確かな技量が今も鷹羽を現役たらしめているのだ。
 
 昭和後期に赤尾兜子や桂信子らの下で才能を開花させた柿本多映(91)も今なお優れた作家であり、『柿本多映俳句集成』(三月、深夜叢書社)で句業を一望できるようになった。<人体に蝶のあつまる涅槃かな>等、現世と彼岸が入り混じる思念を生々しく詠みうる稀有な俳人でその柿本や鷹羽を生んだ昭和は日々遠くなり、平成も幕を閉じようとしている。

 次代の令和は、次の柿本句のように才気溢れる作家が陸続と生まれることを願う。昭和の一時期のように。
 
  口寄のふるへる五体羽化はじまる 柿本多映