俳句時評 令和の第一歩 (「朝日新聞」全国版)

「朝日新聞」2019.9.29、朝日俳壇・歌壇欄、13面。
俳句時評。『藤原月彦全句集』、俳人協会名句註釈シリーズ『上田五千石集』、生駒大祐『水界園丁』を紹介した。以下は全文。
 
 
一九七〇年代の「俳句研究」は伝説的な俳誌である。高柳重信が編集を務め、才気溢れる若者が集い、六〇年代末のカウンター・カルチャーや三島由紀夫の自裁の余波が漂っていた。
 
 誌面に<南国に死して御恩のみなみかぜ 攝津幸彦><乱歩期の劇中劇はみなごろし 藤原月彦>等が発表された時代で、『藤原月彦全句集』(7月、六花書林)を繙くと往時のカルチャーやアングラ文化の空気感が甦るようだ。例えば、<夜はたのし春雨に濡れ偽士官>から丸尾末広の漫画を連想しつつ味読するのも愉しい。
 
 時代の空気は俳人協会の脚注名句シリーズ『上田五千石集』(8月、上田日差子編)からも漂う。五千石の<いちまいの鋸置けば雪がふる>は、戦前新興俳句の高屋窓秋作<山鳩よ見ればまはりに雪がふる>を意識したという。五千石の師匠筋は新興俳句で、彼は師系を杖にしながら自身の句業を練りあげたのだ。そこに昭和の結社俳人の信念がうかがえる。
 
 かつての上田が師系を頼りに、かたや藤原月彦が「俳句研究」で仲間と切磋琢磨したとすれば、三二歳の生駒大祐による『水界園丁』(7月、港の人)は平成俳句が達成した金字塔だ。
 
 その句群は師系や同志の連携から紡がれるというより、データベースの集積から生まれた誠実な結晶体といった風がある。生駒は三橋敏雄や田中裕明らに比肩しうる可能性を秘めた貴重な俳人で、『水界園丁』は後世まで令和俳句の第一歩と語られるだろう。例えば、次の句のように。
 
  ゆと揺れて鹿歩み出るゆふまぐれ  生駒大祐