時評「俳句遺産06 数少ない俳句批評」 (「現代詩手帖」)

「現代詩手帖」57-6,2014.6.1、109p。
総合詩誌「現代詩手帖」の俳句時評。以下は全文。
 
 
一九七〇年前後の「あんかるわ」を読むのが好きだった。
 菅谷規矩雄が黒田喜夫を論じ、月村敏行が吉本隆明を取り上げ、瀬川司郎や坂井信夫が詩を発表するとともに、松下昇は大学権力と闘争し続け、北川透が北村透谷論を連載した時代だ。特に北川の透谷論を「あんかるわ」誌上で読むと、それは単なる作家研究でなく、全共闘運動の渦中に執筆されたことがよく分かる。政治運動の末の「文学=詩」というもの、つまり国家や社会との相剋の中で、卑小な自我と暗い内面に向き合う他なかった「詩」のありかを問う北村透谷論はそのまま当時の北川の問題意識でもあり、「あんかるわ」の他記事と併読することでその真価がうかがえるかに感じられたものだ。
 
 この点、雑誌は時代を反映するメディアであり、複数の記事が並ぶことで各作者の特徴がむしろ際立つことも多い。例えば、俳句雑誌「里」(同人誌)で連載中の上田信治「成分表」はもっとも読み応えある俳句批評の一つであり、平成年間の俳句論のありかを図らずも示したエッセイでもある。
 
 「成分表」は日常のふとした出来事や思いつきを引き合いにしつつ、何気なく俳句を引用して筆を置くというスタイルだ。時事問題や俳壇への所見、また物々しい俳句史や一句の詳細な解釈は姿を見せず、身近で些細な、暮らしの実感に彩られた随筆という観がある。それは、俳句の本質に触れるには自らのささやかな実感から始める他ないことに自覚的であり、それが自己満足と正反対の認識なのを上田が肌で感じているためだ。どのような図式も趨勢も頼みにせず、自身がそうでしかありえないという諦めと開き直りの中で培った確かな手応え、それがいかにささやかで、取るに足らない実感としても、それ以外に何を信念とすれば良いのだろう。上田の「成分表」が俳句批評たりえるのはこの点に意識的だからであり、そこに他俳人の身辺雑記とおよそ異なる特徴がある。将来、心ある読者は上田の「成分表」が俳句同人誌「里」に連載されたことに驚きつつも納得し、それが例えば北川透の透谷論から遠く離れた時代の批評文であることも得心するだろう。「成分表」は最新号(本年五月号)で百回目を迎えており、次はその後半部分である。
 

 デザインは、表紙が「必要事項が書かれた紙」であることを超え出るように、それを設計する。油絵がそれ自体キャンバスと絵の具でしかないという物質的な事実を(ときにアンビバレントなかたちを取りつつ)打ち消そうとするように、(略)表現は、「それ」を(たとえば素材から)どれだけ超え出させたかによって、その価値を計ることができる。
 俳句の中で、季語は、特別の地位をもつ言葉なので、季語以外の部分よりもすこし出っぱって見える。そのシンプルな「段差」が、俳句の構造をすこし複雑にしている。俳句がイリュージョンを生むチャンスは、まずその複雑性にある。しかし、俳句が「ぺたっと」俳句であることを超えるような浮力を持つためには、その出っぱりをよくデザインすること以上の負荷を、「それ」にかける必要があるように思う。それは、過去の人がみなやってきたことでもある。
 
   春近しここを歩いてゐるときは  岸本尚毅『小』