三津のさざめき  (愛媛新聞「四季録」06)

「愛媛新聞」2013.5.6、文化欄13面。
愛媛ゆかりの文学を綴るエッセイ「四季録」。三津浜と国木田独歩「忘れえぬ人々」についてまとめた。以下は全文。
   


   
三津浜に行くと昔の絵葉書を思い出す。「三津の朝市」という絵葉書で、明治~昭和初期の白黒写真をあしらったものだ。魚の競市の様子が写っており、床には魚籠や天秤棒が所狭しと置かれ、市の人々が集っている。当時から三津浜の朝市は名所と知られ、絵葉書には「Famous Places of Iyo」と記されることも多かった。
 
 絵葉書などの写真によると朝市は円形の屋根に囲まれた場所で行われ、その丸屋根が大きかったこともうかがえる。もちろん広場は今やなくなり、港の景観も埋立などで変わったために昔の朝市は白黒写真の中にしか存在しない。そのためか、三津浜に行く時は鞄に昔の絵葉書をしのばせ、ありし日の面影を求めて町なみや港を散策すると楽しい。何だか伝説の町を歩いている気になるからだ。
 
 三津浜で絵葉書とともに鞄に入れておきたいのは国木田独歩の小説「忘れえぬ人々」(明治31)である。その筆致からは往事のさざめきが聞こえるようだ。
 

夏の初めと記憶しているが僕は朝早く旅宿を出て、(略)この港の浜や町を散歩した。(略)大空は名残なく晴れて朝日麗かに輝き、光る物には反射を与え、色あるものには光を添えて雑踏の光景をさらに殷々しくしていた。叫ぶもの呼ぶもの、笑声嬉々としてここに起これば、歓呼怒罵乱れてかしこにわくというありさまで、売るもの買うもの、老若男女いずれも忙しそうにおもしろそうにうれしそうに、駆けたり追ったりしている。露店が並んで立ち食いの客を待っている。(略)鯛や比良目や海鰻や章魚が、そこらに投げ出してある。生臭い匂いが人々の立ち騒ぐ袖や裾にあおられて鼻を打つ。

 
 独歩の筆遣いの中で朝市はルノワールの絵のように光があふれ、人々は生臭い匂いと甲高い声をふりまきつつ忙しげに往来している。その様子に想いを馳せつつ町を散策すると、小路のあちこちから歓声やリヤカーの音が立ち上るようだ。
 
 先日も三津の港近くを歩いていると、空に鳶が漂っていた。そういえば、朝市の丸屋根があった頃も鳶は青空を飛んでいたのだろうか。空を見ていると鳶は午前の日ざしの中でのどかに鳴きながら旋回し続け、やがてどこかへ飛んでいった。