明治の蕪村調、その実態―俳人漱石の可能性について― (日本近代文学会春季大会)

日本近代文学会春季大会(於大東文化大学)、2010.5.23。
小説家以前の夏目漱石は俳人として知られたが、その実態はさほど研究されなかった。
 たとえば、漱石が句作を始めた頃は、子規達が蕪村の影響で「写生」句を詠み始めた頃である。従来、漱石句と子規達の「蕪村=写生」句にはさほど関係がないと見なされた。しかし、実際は漱石こそ子規達の「蕪村調」の要であったこと、またその「蕪村調」は「写生」と異質であったことを指摘することで、子規達及び漱石の「蕪村調」の豊穣さを発表した。