小林秀雄「モオツァルト」

小林秀雄『モオツァルト・無常という事』(新潮文庫、1967改版)収録、pp.53-54。「モオツァルト」(1946.7「創元」)の一節。
 
模倣は独創の母である。ただ一人のほんとうの母親である。二人を引き離してしまったのは、ほんの近代の趣味にすぎない。模倣してみないで、どうして模倣できぬものに出会えようか。僕は他人の歌を模倣する。他人の歌は僕の肉声の上に乗るほかはあるまい。してみれば、僕が他人の歌を上手に模倣すればするほど、僕は僕自身のかけがえのない歌を模倣するに至る。これは、日常社会のあらゆる日常行為の、何の変哲もない原則である。
 だが、今日の芸術の世界では、こういう言葉も逆説めいて聞えるほど、独創という観念を化け物じみたものにしてしまった。僕らは、今日でもなお、モオツァルトの芸術の独創性に驚くことができる。そして、彼の見事な模倣術の方は陳腐としか思えないとは、不思議なことではあるまいか。