小島政二郎『食いしん坊2』

 
小島政二郎『食いしん坊2』(朝日文庫、1987年)、pp.23-24。単行本自体は『食いしん坊2』(文化出版局、1972)。
 
天麩羅の話の流れで、昔の子どもの頃の様子を語るあたり。
 
 下谷生まれの私には、佐竹ッ原というと、駆け出しても遊びに行ける近間の遊び場だった。その代り、浅草の六区よりももっと下等な遊び場だから、親の目を忍んでコッソリ遊びに行かなければならなかった。
 そこに、天麩羅や寿司、おでんの屋台が、ドス黒いカンテラの油煙を上げている夜店にまじって、なんの油だろう、下等な油の匂を秋の夜空に靡かせていた。不思議に、その下等な油の匂が、子供達の食欲をそそった。
 木村名人の話だと、その頃は近くに住んでいたそうで、夜学の帰りに、そこまで帰って来てその油の匂をかぐと、急にお腹が減るのを感じた。
 食べたいなあと思う。しかし、まず懐と相談しなければならない。夜の往来に立ち留って、懐のガマ口を覗いて十二銭あれば、天麩羅を二つ食べて、御飯が二杯食べられる。そういう胸算用をしてから暖簾をくぐったものだそうだ。
 「あの時食べた天麩羅やお寿司くらいうまかったものはない」
 名人はそういう述懐をしていた。