この本 この一句  (総合俳誌「俳句界」)

「俳句界」23-10、2017.10.1、pp.222。
大山夏子『光陰』の一句評。
 
 石畳に白菜干して城下町
 
 掲句は本書の代表句というより、むしろ目立たない一句といえる。著者の存念を示す句であれば、「死に方を問われてたたむ秋扇」「気後れを今に引き摺る敗戦日」等が適切かもしれない。掲句をあげたのは、作者の意図とやや異なる何(、)か(、)が宿っているためだ。
 
 石畳の城下町といえば、多くは白壁の土蔵や風になびく柳、和服姿の人々や道脇の小川と鯉等々を連想するだろう。「石畳・城下町」の情緒に沿ったこれらの素材を詠めば、「城下町」らしい句になるはずだ。皆が納得しうる句意で、美しい作品になる可能性が高い。
 
 ところが、作者が目に留めたのは「白菜干して」だった。生活感あふれる風景ではあるが、「石畳・城下町」の情趣にそぐわない意外な現実感もある。同時に、「石畳・城下町」とかけ離れた取り合わせでもなく、例えば江戸期に栄えた城下町も今や鄙びた地方の町となり、住民は年配の方が多く、田畑が近い…と仮定すれば、ありがちな情景ともいえる。
 
 「白菜干して」が面白いのは、「石畳・城下町」の情緒にあえて反しているわけでもないが、合ってもいないという微妙な現実感にある。作者は城下町の意外な生活感に戸惑いつつもどこか面白味を感じた節があるが、その面白味を強く句の前面に押し出したわけでもなさそうだ。しかし、これら全ての微妙さが掲句の妙味であり、こういってよければ「写生」の生々しさが一句に漂っている。
 
 一九三二年生まれ。季刊誌「集」代表。