西東 三鬼: 熱ひそかなり空中に蠅つるむ

熱ひそかなり空中に蠅つるむ 三 鬼 “熱”と“蠅”。ともに人間にとって不快なものだ。 蠅(二匹ととりたいが、微妙)が静かに、そして耳障りな音を立ててつるむさまは、体内の菌が熱を発するかもしれない不穏な可能性をかきたてる。 何気ない句だが、着想は鋭い…

西東 三鬼:算術の少年しのび泣けり夏

算術の少年しのび泣けり夏 三鬼 “算術の少年”、例えばそろばんの得意な少年なのか。勉強が得意という意味なのか、計算高い雰囲気もあるのだろうか。 なぜ泣いているのか、しかも…忍び泣き? これらがシュールに放置されたまま、“夏”が畳みかけてくる。 “算術…

西東 三鬼: 湖畔亭にヘヤピンこぼれ雷匂ふ

湖 畔 亭 に ヘ ヤ ピ ン こ ぼ れ 雷 匂 ふ 三 鬼 場所は“湖畔亭”。女性の“ヘヤピン”が髪からこぼれ落ちる。空には雷の予感がある。ただ、それだけ……ではなく、そこに何かしらの男女関係が反映しているところがポイントなのだろう。 ドラマの一場面のような…

山口 誓子: 夏暑し産科の器械かゞよへる

夏 暑 し 産 科 の 器 械 か ゞ よ へ る 山口 誓子 “産科”は産婦人科、また“かゞよへる”は「かゞよふ」。陽光が輝くという意味で、万葉集以来詠まれてきた歌語だ。 まず、取り合わせが見事。加えて、「夏暑し」の措辞が素晴らしい。幾重もの意味が折りたた…

山口 誓子: 蝉の尿燦たりけふの日を飾る

蝉 の 尿 燦 た り け ふ の 日 を 飾 る 山口 誓子 “尿”は「しと」と読む。“燦たり”の使い方が誓子らしい。“蝉の尿”が“けふの日を飾る”としたところに、この時期の誓子の心境が現れていよう。彼の初期句集『凍港』『黄旗』には表面に現れなかった心境だ。 …

石田 波郷:雷の下キヤベツ抱きて走り出す

雷の下キヤベツ抱きて走り出す 波郷 一瞬の情景。「キャベツ」が美味しそうなのも、敗戦直後ゆえだろう。季語は「雷」で夏。 *初出:「現代俳句」1-3、昭和21.11.5。24p *備考:「秋ふたゝび」中の一句。

秋元不死男: 子を擲ちしながき一瞬天の蝉

子 を 擲 ち し な が き 一 瞬 天 の 蝉 京 三 “ながき一瞬”に男のロマンティシズムが香る。また、“天の蝉”は当時の新興俳句らしい措辞だ。 東京三(ひがし・きょうぞう)は戦後の秋元不死男。この頃は新興俳句運動の渦中にあり、山口誓子に私淑していた。 …

高浜 虚子: 打水にしばらく藤の雫かな

打 水 に し ば ら く 藤 の 雫 か な 虚 子 情景の設定、焦点の絞り方、それらを生かすには何を省けばよいか、全て整っている。特に「しばらく」にこめられた時の推移が絶妙だ。この時の虚子は27歳、しかしすでに子規派の重鎮として名を馳せていた。 虚子が…

川端 茅舎: 金輪際わりこむ婆々や迎鐘

金 輪 際 わ り こ む 婆 々 や 迎 鐘 茅 舎 季語は「迎鐘」(夏)。上五の“金輪際”が絶品。茅舎にしかなしえない措辞だ。 --------------------------------------------- *出典:「ホトトギス」39-12 *年月:1926.9.1 *頁数:110p *備考:雑詠欄、第六…

石田 波郷: 蠓を唇に当てたる独言

蠓 を 唇 に 当 て た る 独 言 波 郷 「蠓」は“まくなぎ”と呼ぶ虫の名。折しも“人間探求派”と称された時期の作品である。思わせぶりな仕上がりが波郷らしい。 --------------------------------------------- *雑誌:「俳句研究」7-7 *年月:昭和15.7.1 …

阿波野青畝: 蟻地獄みな生きてゐる伽藍かな

蟻 地 獄 み な 生 き て ゐ る 伽 藍 か な 青 畝 季語は「蟻地獄」(夏)。作品のうまさでいえば、最大の妙は下五を「伽藍かな」で終わらせたところ。「みな生きてゐる」の措辞も見事だ。僅か十七字しか使えない実作の感覚からすると、「みな生きてゐる」…

中村草田男:夜半の夏人形の目は目そらさず

夜半の夏人形の目は目そらさず 草田男 “人形の目は”の「は」に、草田男らしい「写生」の感覚が横溢している。 --------------------------------------------- *雑誌:「俳句研究」7-10 *年月:昭和15.10.1 *頁数:17p *備考:総タイトル「夏の絵・夏の…

中村草田男: 金魚手向けん肉屋の鉤に彼奴を吊り

金魚手向けん肉屋の鉤に彼奴を吊り 草田男 季語は金魚(夏)。草田男の境涯に照らすと、この時期の彼は保証人関連の詐欺に遭い、多難な生活を送っていた。それはこの句にも反映されていよう。 従来は草田男の境涯を句解にあてはめ、それ以上の分析はさして行…

西東 三鬼: 冷房にて銀貨と換ゆる青林檎

冷 房 に て 銀 貨 と 換 ゆ る 青 林 檎 三 鬼 “冷房”という新季語、また“貨幣・硬貨”と言わず“銀貨”とし、加えて”林檎”でなく“青林檎”としたところに、新興俳句らしい特徴が感じられる。 --------------------------------------------- ■雑誌:「俳句研究…

西東 三鬼: 緑蔭に三人の老婆笑へりき

緑 蔭 に 三 人 の 老 婆 笑 へ り き 三 鬼 どこか西洋画を感じさせる作品だ。 それにしても謎めいた句で、“笑へりき”の“き”、また“三人”という人数が奇妙である。なぜ三人なのか。 この句は「京大俳句」に「算術の少年しのび泣けり夏」と同時に掲載されて…

竹中 宏 : うつしよの糠蚊は水にいつ触れる

う つ し よ の 糠 蚊 は 水 に い つ 触 れ る 竹中 宏 “うつしよの”が絶妙。このように謳うことで“うつしよ”でない世界がゆらめきはじめ、“水”と響きあうところも巧妙である。 作者の竹中宏(1940-)は、有季定型でしかなしえない"俳句"の魅力を捉えようと…

山口 誓子 : 舐めゐたる蠅皿を匍ひ縁より去る

舐 め ゐ た る 蠅 皿 を 匍 ひ 縁 よ り 去 る 誓 子 季語は「蠅」(夏)。誓子のまなざしの奇妙さがうかがえる作品だ。特に"縁より去る"に、誓子の特徴がうかがえる。 ----------------------------------------------------------- *雑誌:「天狼」5-10 …

高屋窓秋 : ちるさくら海あをければ海へちる 「さくらの風景」連作

いま人が死にゆく家も花の蔭 晴れし日はさくらの空も遠く澄む 静かなるさくらも墓もそらの下 ちるさくら海あをければ海へちる --------------------------------------------- *雑誌:「馬酔木」6-10 *年月:昭和8.4.1 *頁数:147p *備考:総タイトル「…